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世界記憶遺産 [読みもの&映画]

今朝ラジオを聴いていたら、わ〜!といううれしいニュース。
炭鉱で働いてきた酒と絵が大好きな作兵衛じいさん。
子、孫に自分が生きてきた時間を伝えたいと描き残した絵の数々。
ほんとに世界記憶遺産にふさわしいと思う。
今晩出かけた梅田の、紀伊国屋書店の前の巨大テレビ・BIGBANにて作兵衛さんのニュースが流れていて、大画面で炭坑で生きてきた人たちの絵が紹介されていた。
それを見てまたうれしくなった。
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<世界記憶遺産>山本作兵衛の作「筑豊炭坑画」国内初登録に
毎日新聞 5月26日(木)1時11分配信
 日本ユネスコ国内委員会事務局に25日入った連絡によると、福岡県・筑豊の炭坑労働の様子などを独特の手法で表現した画家、山本作兵衛(1892~1984年)の原画や日記などが、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「メモリー・オブ・ザ・ワールド」(MOW、通称・世界記憶遺産)に登録されることが決まった。日本の歴史資料のMOW登録は初めて。
 山本作兵衛は福岡県笠松村(現・飯塚市)出身。14歳から筑豊各地の炭鉱で働いた経験を基に「子孫にヤマ(炭鉱)の生活や人情を伝えたい」と64歳から炭鉱労働者の日常を墨や水彩で描いた。余白に解説文を添える手法で1000点以上の作品を残し、うち約600点は福岡県有形民俗文化財に指定されている。
 申請していたのは、遺族が田川市石炭・歴史博物館などに寄贈するなどした1914~84年ごろの作品589点と日記・メモ類108点。狭い坑道で採炭するふんどし姿の男女やガス爆発の惨状、長屋での子供の遊びなど、当時の暮らしを克明に伝えている。
 田川市は当初「九州・山口の近代化産業遺産群」の一環として旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓(たてこうやぐら)などの世界遺産登録を目指していた。09年10月、審査で外れたが、関連資料として提出した作兵衛作品を海外の専門家らが絶賛。同市は昨年3月、MOW事務局に日本で初めて申請した。【荒木俊雄】

 ◇世界記憶遺産◇
 文書や絵画、音楽、映画など歴史的資料の保護を目的に92年、ユネスコが創設。政府申請に限る世界遺産と違い、自治体や個人でも申請可能(1カ国2件まで)で、真正性や希少性などを審査し隔年で選ぶ。フランス人権宣言(1789年)やベートーベン第9交響曲の草稿(1824年)などが登録されている。
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記憶遺産:世界が認めた作兵衛絵画 炭坑生活の明暗 克明に
 「炭坑生活の実態が明らかになるのを嫌う声もあったが、父の残した物が世界に認められたと思うと、とてもうれしい」。炭坑画家、山本作兵衛(1892~1984年)の絵画や日記などが国内初の「世界記憶遺産」に決まり、三男の照雄さん(75)=福岡県飯塚市相田=はしみじみと語った。
 作兵衛は7歳から父の炭坑労働を手伝い、63歳まで採炭夫や鍛冶工として働いた。残された日記には21歳から周囲の出来事が克明に記され、これが65歳から描き始めた記録画の下敷きとなった。
 題材は坑内労働や生活ぶりに加え、労働争議やリンチ、外国人労働者問題など「暗部」にも切り込み、作風には関係者から異論も聞かれた。ただ照雄さんから見た作兵衛は「絵と酒をこよなく愛し、寡黙だがとても優しい父だった」。
 絵を描く時は必ずそばに一升瓶があり、親しい人が酒を持参するとしばしば絵を描いて渡したという。福岡県立大が保管する死の1カ月前の日記には「酒1級 白鹿2 月桂冠2 松竹梅1」と、差し入れと思われる記述も。だが照雄さんは「決して酒には飲まれず、どんなに酒が入っても絵を描く時は『よし、描くぞ』と真剣そのものだった」と語る。
 一方、照雄さんの長女、緒方恵美さん(50)は「とても手先が器用で、玩具や額縁、小さなタンスまで作っていた。タンスには製作年月日も記されていた」ときちょうめんな祖父を懐かしんだ。
 緒方さん方に残る、スケッチブックの60年4月のページには「蛇足迷語」と題してこうある。「地球の上に軍人あり武器がある以上絶対戦争、人殺しが起こらないと予言できませうか文明を誇る先進国ほど原爆実験に大童(おおわらわ)ではありませんか」。緒方さんは「祖父の発想には、いまだにいろいろ考えさせられる」と話していた。【荒木俊雄】

筑豊炭坑絵物語

筑豊炭坑絵物語

  • 作者: 山本 作兵衛
  • 出版社/メーカー: 葦書房
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本


*私は作兵衛さんの絵を、森崎和江さんの本で知りました。『まっくらー女坑夫からの聞き書き』という森崎さんの本の挿画になっていたのです。

劇団態変の韓国公演を共に祝い味わう会 [劇団態変の韓国公演プロジェクト]

5月29日(日)の昼下がりはぜひ大阪・十三へ!
私が昨年より応援してきた「劇団態変」が成し遂げた韓国公演を“共に祝い味わう会”を行います。
主な内容は、態変・韓国公演の応援団として活動してきた「共に実現する会」の活動ふりかえり(ゲストコメンテーターとして、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター特任准教授でアートが生まれるさまざまな場所で活躍されてこられた木ノ下智恵子さんがご参加くださいます!)、大盛況だった固城公演の記録映像の上映、韓流スター並みにかっこいいパクウォンさんと趙恵美さんによる韓国のお祝いの唄とチャンゴの演奏、今こそ見たい劇団態変のパフォーマンス!・・・と、盛りだくさんの2時間です。
会場の定員は100人。会場があふれるくらいのたくさんの人たちに集まっていただき、みんなで態変を迎え、盛大にお祝いがしたいです!
詳しくはこちらでご確認くださいね。

4.25(日) 新潟から届くお惣菜セット♪ [ひとりのごはん]

お花見会でHさんと再会した。
5月の集会のとき、お昼にふるまわれるHさんのおかずをいつも楽しみにしていたこと、最近忙しくてちゃんとしたごはんを作れないこと、などなど伝えて、最終的にHさんのお店(お惣菜屋さん)のおかずを送ってもらうことになった!
で、翌週の日曜日の朝、届きました!
まるで宝箱のような、保冷バックに入った惣菜セットです♪

<メニュー>
・棒棒鶏(鶏胸肉と小松菜、ゴマだれ付き)
・カレーもやし
・カブの酒粕煮
・金時豆の甘味噌煮
・りんご入りさつまいもキントン
・切り昆布煮
・サバの味噌煮
・にんじんのサブジ風
・昆布のおかか煮
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4/16(土) 安田患者の会・湯治とお花見 [仲良くごはん]

今年も夜行バスに乗って行きました、新潟水俣病安田患者の会のお花見@咲花温泉・柳水園。
桜はつぼみだったけれど、午前中に着いて温泉に入って、宿のおにぎりを食べて、昼さがり、患者のIさんやTさんたちに混ぜてもらって金子まゆさんの瞽女唄を聴かせていただいた(まゆさんの記事を見つけました)。
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そのあと、旗野さんのお姉さん・Kさんに車を出していただいて、キミイさんにも会いに行った。キミイさんはケアホームの中のカゴの鳥なので、まんまるになってたけど、ぜんぜん変わってない。なつかしくて、このままずっとしゃべっていたいと思った。お昼ごはんの時間のようで帰らなくてはいけなくなったので、後ろ髪ひかれる思いでさようならした。
夕刻、宿に着くと各地からポツポツと人が集まり始め、各地の手みやげをいただきながら、明るいうちから飲み始める。温泉に入って、上がって宴会の間に行ったら25人くらいになっていた。1年に1度、この会でしか(?)お会いできない方たちにお会いできてうれしかった!
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翌朝、朝ごはんを食べて、もう1回温泉につかる。そのあとロビーで珈琲牛乳で一服されて輪に私も混ぜてもらう。
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お昼前には新潟を離れ、日本海側の電車を乗り継いで帰ってきた。途中、乗り継ぎの新津駅で降りて散歩した。
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乗り継ぎの金沢駅の立ち食いうどんがおいしい。白エビ天ぷらをトッピングするべし。
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4/14(木) 平野神社の桜 [仲良くごはん]

職場の先輩と、仕事が終わった後、2人で桜の名所・平野神社へ夜桜を見にゆく。
夜の闇の中で、白っぽい桜の木の下にもぐったら、ジャスミンティーの香りがした。
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夜桜のあとは近くの居酒屋で飲む。
スペシャルメニューで出してもらったハリハリ鍋がおいしかった!
あんぽんたん

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