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2011年 冬の旅(3)ニューヨーク [仲良くごはん]

12/26(月)早起き&朝食抜きでグリーンマーケット(朝市)へ。朝の空気の中のツリーがきれい。
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途中、地下鉄で友人とはぐれてしまった!KIOSKでカードを買い、公衆電話をかけたがつながらず…。KIOSKのインド人のおっちゃんに泣きついて携帯電話を貸してもらった(おっちゃん、めっちゃいい人でした。ありがとう!)。無事、友人と合流。改札を通れなかったらしい。なのに、私がすたすた先に行ってしまったのだ。反省…。

マーケット、楽しみにして出かけたのに24日でcloseしていた。がっくり。ホットアップルサイダー飲みたかった。リベンジしないとな~。また地下鉄に乗って、昔、精肉工場の倉庫があったチェルシーという地区へ行く。昔はミート・パッキング・ディストリクト(お肉をつくる工場群、だよね)。ハイソサエティそうな白人や日本人観光客が多いように感じる。おしゃれなショッピングビルに入るけれど、なんとなくこういうところは苦手になってきている自分。友人がロブスター食べたい、ということだったので、ロブスター屋さんに。その場でロブスターを選んで、茹でてもらって、食べられる仕組みになっています。
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私のロブちゃんを茹でて、割ってくれるお兄ちゃん。
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NYクラムチャウダー(トマトベース)と、アボカドのり巻きと、瓶ビールも調達。そのビールが予想外に甘くてびっくり。。。ロブスター、レモンとオイルがついてましたが、少し醤油をつけて食べたら、まあまあの味でした。

本屋さんで少し買い物をして、近くにあるキューバ・レストランへ。Cubanoというキューバのサンドイッチを食べたかったのです。チーズとピクルスと鶏のハムが挟んであり、こんがりとプレスされたホットサンドイッチ。さすがに全部食べられず、半分は持ち帰り。店内の風景画がとても良い感じでした。
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そのまま、グリニッヂ・ビレッジ方向へ歩く。古い建物が残っていて、1階にはおしゃれなレストランやお店がたくさん。大通りを歩いていたら、ふと横の通りにレインボーフラッグがはためいていたので、そちらへ歩いていってみる。やっぱり!LGBT Community Centerだった。入りたかったけど今日はお休み。
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ウィンドウ・ショッピングをしていると、ずっと気になっていた腕時計を発見。入ってみると優しそうなおじさん。韓国からの人だった。一緒にいる友人は韓国人なので韓国語で話している。お店を出るときに、おじさんと少し話した。80年代に韓国からやってきたということ。日本は原発事故が起きて大変です、とか、Occupy Wall Streetについてはどう思いますか?とか話してみた。ニューヨークの近くにも原発があるから心配、OCWについてはああいうやり方はあんまり賛同できない、ということだった。笑顔の素敵なおじさん。また買い物するならここでしようと思った。
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公園に入っていくと、おやじたちがたまってなにやら話していた。どこかで見た風景。一人の黒人のおやじから「お姉ちゃん、チェスやらへん?」と声をかけられた。けど、チェスなんてやったことないので、「私、チェスできないねん」と断ったら、残念そう。チェスできたらよかったのになぁ。

屋台を発見。ナッツの砂糖がけだった。味見させてもらう。おいしい。友人が買うことにした。店主のお兄ちゃんに“Where are you from?”と聞いたら、バングラディッシュとのこと。「バングラディッシュのこと知ってるのか?」と言うので、「もちろん知ってるよ!学生のときにバングラディッシュから来た留学生と友だちだったよ」と伝えると、喜んでいた。で、バングラディッシュ人って英語でなんて言うんだろうと疑問に思ったので「JapanはJapaneseやん?Bangladeshは?」と聞いたら「Bangradeshi(バングラディッシー)だよ」と答えてくれた。楽しいひとときだった。
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公園の周りはニューヨーク市立大学。いいな、こんな場所にある大学。少し北上してクッキングツールのお店へ。お土産購入。休憩がてら、ニューヨークで2番目に古いバーに行き、ビールを飲む。バーと入口すぐの席。こんな席でひがな一日飲めたらいいなぁ。
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そのあと、北上し、MoMAのショップに寄って、有名なロックフェラーセンターのクリスマスツリーを観に行く。ものすごい人!ツリーの反対側でやっていた建物の壁を利用したインスタレーションがおもしろかった。
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超疲れたので、ホテルの最寄り駅に戻り、チェックしていた韓国のスンドゥブ屋さんへゆく。とっても美味しくて、元気になった。やっぱり白ご飯おいしい。
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2011年 冬の旅(2)ニューヨーク [仲良くごはん]

クリスマスをニューヨークで過ごすなんて考えたこともなかったな。不思議なものです。
今日は朝早くから直前に日本で申し込んだハーレムへのバスツアーへ参加。教会でゴスペルも聴きます。朝が早くて、地下鉄の乗り方もまだ分からないのでタクシーに来てもらうことにしてた(昨日のおっちゃんに頼んで)。朝6時にホテル前で待ってるのに、来ない~。しびれを切らし、ホテルのフロントに頼んでタクシーを呼んでもらう。無事タクシーに乗り、まだ日が昇らない夜景のマンハッタンへ。15分でマンハッタンに到着。ほっ。朝ごはん(ホテルに付いているけど今日は朝早すぎたため食べられず)どうしようかな~と思っていたところ、集合場所のホテルの2階に24時間オープンのお店があることがわかったので、そちらへ。キッシュとバナナとコーヒー。キッシュおいしい!

そのホテルのロビーのツリー。
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途中立ち寄ったホテルのロビーのツリー。オーナメントが大きな本物のクッキーだった!
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20人くらいのお客さんとバスに乗り、ハーレムへ。バプティスト教会の2階へ。直にゴスペルが始まる。子どもから70代くらいまで、30人くらいの人たちが、それぞれの赤い衣装を身にまとい、ステージに上がっている。ドラム、エレクトーン、ピアノ、ギターもありで、ショーを観ているみたい。一緒に体を動かしながら唄えたらもっと楽しかっただろうなぁ!
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ゴスペルの後の演説がいつも長かったらしく、1時間くらいして出ることに。ハーレムやその隣のモーニングハイツにある有名な教会やコロンビア大学を回る。

ガイドおじさん(「見た目は日本人だけど、ニューヨークで生まれ育ったから日本人じゃないです」と自己紹介されていた。58歳)が「1994年以前はニューヨークはとても危ない街だった。1994年にジュリアーニ市長になり、失業者対策を最重要課題とし、仕事をつくり、仕事ができない人のためにはシェルターを作り、警察官を4倍に増やしたことで、安全な街になった」としきりに話していた。警察官4倍・・・。

APPLO THEATER、おすすめのJAZZバー、ソウルフードのレストランも紹介してくれた。そして、バスがハーレムの街中を通り抜けて解散場所を向かう中、1950年代になっても黒人が犬のように扱われてきたか、自分の子ども時代と重ねて話してくれた。ローザ・パークスがバスで白人用のシートに座ったことから始まるバス・ボイコットとそれに続く公民権運動、運動を指揮したキング牧師。彼の“I have a dream”の一節を読み上げ、1964年黒人選挙権付与、1968年キング牧師暗殺、翌日大暴動が起こりそれをテレビで見ていたこと。白人でありながら、黒人と同じ仕事をし、黒人と同じ話し方をしていた人々は“Red Neck”と呼ばれていた人々がいたこと。当時ラジオやTVに黒人の出演は禁止されていたが、ラジオに黒人のように歌う一人のミュージシャンの歌が流れた。ラジオを聴いていた白人から抗議が殺到したが、Red Neckと呼ばれた白人だったということがわかる。彼こそエルビス・プレスリー!私は思いがけず参加したツアーでこのような話を耳にすることができて、とても嬉しかった。同じバスに乗ってこの話を聞いていた日本からやってきた観光客の皆さんはどんなことを思ったなかな、なんて思いながら。
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続いて、NY留学中の大学の後輩と合流するべく、バスを降りて待ち合わせのお店までダッシュ。無事に数年ぶりの再会。地下鉄に乗って、DCからやってくる友人が降り立つバス停近くへ向かう。クリスマスはほとんどのお店がお休みだけれど、デリを見つけて軽くランチ。チキン・クスクスとフレッシュオレンジジュース。
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時間になり、バス停へ向かうと友人がすでに待っていた。中心部にあるコリアタウンやタイムズスクエアを歩く。街を歩いているだけで楽しい。タイムズスクエアの周りにはミュージカルが上演されるシアターがたくさん集まっている。ネオンと人混みがまるで大阪の道頓堀のよう。
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今晩は教会の地下にある小さめのシアターで、黒人女性たちの物語『Sistas』を観るのです!
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公演開始時間まで、ちょっと休憩。これぞニューヨーク・チーズケーキ!を分け分けして食べる
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『Sistas』とても良かった!!英語はわかんないところもたくさんあったけど、黒人女性の一人であるおばあちゃんが亡くなり遺品を整理する中で、彼女の生きた時代、そして、その娘たち3人、孫1人、友人1人の生きている今を重ねた物語だった。それぞれ性暴力やDV被害のことを語り出す彼女たち。おばあちゃんの人生から、そんな日常を乗り越え、前向きに生きるパワーを得る5人の、歌と踊りと笑顔が最高にすばらしいミュージカルだった!最高のクリスマス・プレゼントをもらった気分。
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シアター入口を出たところの壁にぐっとくるテキストが・・・。
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“Life is a great big canvas,
and you should throw all
the paint on it you can.”
      Danny Kaye

そのあと、少し歩いてエチオピア料理のお店へ!大きなクレープの上に、スパイしーなカレーが何種類ものっかって出てきました。私は真ん中のチキンと、野菜たくさんのが好き。すっぱいサラダもおいしい。お店のエチオピア人の女の子もかわいかった。
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Sistas the Musical

2011年 冬の旅(1)ニューヨーク [仲良くごはん]

ワシントンDCに留学中の友人に誘われて、ニューヨークに行くことになりました。彼女はDCからバスでNYへ、私は関空からソウル経由でNYへ。Christmas Dayの午後、NYで合流です。たった5日間ですが、旅の報告です!
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乗り継ぎの仁川空港はインターネットつながって快適。
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ソウル→NYは夜7時出発。Korean Air、フライトスケジュールも機内食も機内で楽しめる映画や音楽のセレクトもとても良い!これからできるだけKorean Airを利用しようと思う。

夕食のピビンバを食べて、寝て、朝食のおかゆを食べたら、14時間フライともあっという間。NY着後、タクシーに乗って、マンハッタンから川を越えてすぐのQueensという地区にあるホテルへ向かう。ターバンぐるぐるの運転手、最初jホテルの場所をわかっていなかったが、無事にホテル着。

ロビーのツリーがとてもツリーらしくってきれい。フロントのスタッフのおじさんもとても親切でした。
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2011年 夏の旅(11)サンディエゴ [仲良くごはん]

直子さんが行きたいと言っていたバルボアパークにある民芸美術館“Mingei”へ向かう。だいたい地理がわかってきた。公園の周り、サボテンが生えていて、南に来たことを実感。
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"Mingei"では、雑誌『We』で知ったニキナナに遭遇!ナナが頭上を飛んでいるぅー!!
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上から見たナナ。なんておおらかな、おしり太ももなんだろう。ナナに出会って、私のおしりと太もももいいじゃ~ん、と思えるようになったんだよね。しばしナナを下から上から眺める。
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ジョージ・ナカシマという人の机や椅子が並んでた。ここの美術館の目玉のようである。直子さん、学芸員さんといろいろ話していた。キルト展もやっていて、たのしい。
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公園にあらわれたニキのもう一つの作品。おっきくて、カラフルで、すごい勢いを感じる。
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ホテルに戻ると駐車場にマサさんらしき人を発見。やっぱりマサさんだった。マサさんと直子さん、再会を喜び会っていた。マサさんにカフェに連れて行ってもらい、ランチ。ニューヨークで生まれ育ったマサさん、82歳。私が部落問題のことを話すと、高校生の頃、日本から来た先生が、部落差別のことを教えてくれたんだそう。もっとマサさんともお話をしたかったし、直子さんとも旅を続けたかったけど、帰国の時間が近づいてきた。最後に、海辺を少し散歩。
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このあと、直子さんとお別れなんだなぁ、と思うとしんみり。小柄な直子さんの後ろ姿を追いながら、「直子さんがんばれ~!」と心の中で叫んだ。
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タクシーが私を迎えに来た。直子さんなら大丈夫という気持ちと、心配する気持ちがないまぜになり、ボロボロ泣きながらお別れ。次の旅はぜったい日本まで一緒に帰る二人旅がいいなっ!

2011年 夏の旅(10)サンフランシスコ→サンディエゴ [仲良くごはん]

翌朝、まだ薄暗い中、起き、ちゃちゃっと朝ごはんを食べる。乗り合いタクシーが時間通りに迎えに来てくれた。次は直子さんの親戚のマサさんに会いに、サンディエゴへ向かうのだ。

パッケージのかわゆいヨーグルト。味もGood.
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サンディエゴは暑いくらいだった。空の青も、空気も、サンフランシスコと明らかに違う。
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ホテルに着いて、サンディエゴ在住のジョーとやりとり。疲れと空腹で不機嫌になった私。直子さんに八つ当たりして傷つけてしまった(と思う)。我に返って、そんな自分勝手な自分に嫌気がさし、泣けてきた。私は自分の体の調子を良くしておかないと(特に、睡眠不足と空腹を避けないと)絶対ダメになってしまう人間だな、と実感。。。究極を言えば、飢えたら人も殺してしまうだろう。とてもおそろしい。でも、そんな自分に直面。
気を取り直して、直子さんと軽くごはんを食べに行った。夕方に、ジョーとオールドタウンで待ち合わせて、メキシコ料理だから加減した。スーパーで朝食を調達。ベーグルとかチーズとか。
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夕方、バスに乗ってオールドタウンへ行き、無事にジョーと会えた。4年前くらいに大阪で会っただけだから、2回目。しかもそのときはお互いに酔っぱらっていたから、あんまり覚えてない。そんなジョーとキャラメルとチョコのお店でお土産を買った後に、メキシコ料理のお店へ。
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席が空くまで奥のバーでマルガリータを飲む。ラティーノのバーテンダーがめちゃかっこいい。おじさんだけど。直にテーブル席に移動し、トルティーヤとコーンのスープ。これが食べたかったんだよね〜。豆系のペースト好きなもので。どれもこれもとてもおいしい。スープはテールスープの味がした。
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ジョーは、屠場の研究者であり、部落問題のこともよく理解している。日本語もぺらぺら。直子さんの木地屋さんの話も興味津々で聞いていた。私の「寝た子を起して仲良くごはん」というキャッチフレーズも痛く気に入ってくれた。またここでもそれぞれが自分のことを語り、お互いの話を聞いていた。とても良い時間が流れていた。お開きとなり、バス停までジョーが来てくれてハグして別れた。


お気に入りのメキシコ料理のお店 マンマ@新潟・人情横町

*ジョーも登場する本。

世界屠畜紀行

世界屠畜紀行

  • 作者: 内澤 旬子
  • 出版社/メーカー: 解放出版社
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: 単行本


2011年 夏の旅(9)サンフランシスコ [仲良くごはん]

サンフランシスコ最終日。
お世話になったエイミーの部屋を大掃除掃除機使い方の初歩を直子さんが教えてくれる。二人で掃除すると楽しい。庭でみつけたかわいい植物。
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一通り終わって、まだ行ってなかったチャイナタウンへ繰り出す。飲茶が食べたくて。
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勘で見つけたお店へ入る。おいしくって、熱々でサーブされた一品一品を夢中で食べる。色がきれい。。。
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Tシャツを物色したりしつつ、のんびり帰る。夜はエイミーが一緒に飲んでくれることになった。ほんと楽しかった。エイミー、「またいつでも来て泊まっていいですよ、ともえさん」って。とても名残惜しく、この楽しい晩餐このままずっと続けばいいなと思ったけど、朝が早いし、おやすみなさい。
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2011年 夏の旅(8)サンフランシスコ [仲良くごはん]

今日は先日お邪魔したベンさんのお宅へ。次郎さんとおしゃべりするため。ベンさんが「彼はあなたたちと会えることをとても楽しみにしていましたよ」と次郎さんの部屋へ案内してくださった。
次郎さんの部屋の角には大きな窓があり、日差しがふりそそいでいた。本棚には沖縄関連の書籍がたくさんあった。壁にかかっている絵や写真には10年ほど前にお亡くなりになったお連れ合いの思い出があふれんばかりで、次郎さんを温かく取り囲んでいた。
次郎さんのお父さんは1904年、沖縄から従弟と共にメキシコへ渡り、次郎さんは1914年アリゾナ州で生まれた。次郎さんもエイミーのお父さんと同じ帰米二世である。6歳から16歳まで沖縄の学校で教育を受けた。ご自身のやってきた仕事のことや、ロサンゼルスでの暮らしのこと、日系人の強制移住に関すること(次郎さんは「日系人は他の国からの移民よりも働きものだったから嫌がられたんだと思う。経済の問題だよ」と言われた)など、たくさんの話を聞かせてくださった。沖縄の人たちは、happy-go-luckyで集まれば歌と踊りで盛り上がったという。次郎さんの弟さんは米軍兵士として沖縄に赴き、お母さんと再会をしたという。次郎さんも強制収容所を経験されている。
そろそろ帰らないと、と立ち上がり、テーブルの上にウォークマンが目に入る。何を聴かれているのか尋ねると、“都はるみ 不滅の古賀メロディを唄う”と題されたテープ。歌詞カードには「誰か故郷を思わざる」という曲目があった。別れ際に「戦争反対。がんばってください」と私の目を見て、静かにおっしゃった。
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ベンさん宅を後にし、おいしいもの通り・Irving Streetへ行く。エイミーおすすめのパン屋さんに行き、カスタードやチーズ系のおやつを買う。私は早速ぱくつきながら歩く。地元の人たちでにぎわっているスーパーで少し買い物。ジョン・レノンの“Imagine”が流れてきて、じーん。お昼はタイ料理にした。私はグリーンカレー、直子さんはトムヤンクン。本格的でおいしい。直子さんからタイの話も聞かせてもらった。
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その後、サンフランシスコ州立大学へ行く。Ethnic Studiesの棟に入っていろいろと眺める。いいなぁ、ここで勉強できたら。夢がふくらむ。本屋さんで、世界各国の女性に関するデータの本、Black Womenの運動の本、Dyke(レズビアンのこと)が主人公の漫画本を買った。
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大学からカストロに移動する。カストロのメインストリートのかわいいお店でショッピング。売上がHIV/エイズに関する予防・啓発に寄附されるお店もある。しかも、とてもおしゃれな雑貨がたくさんなので、ここでお土産を買うのがおすすめ。アジア系の服屋さんもあった。直子さんにも相談しながらシャツとかネックレスとかSaleしていたので買った。
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エイミーがキュレーターをやっているGLBT museumへ。今日はエイミーがボランティアガイド講座をするので、それを私たちも横で聞かせてもらうのだ。3人の参加者の皆さんと一緒に、エイミーの解説付きで展示を観て回る。私が「同じ人間である感覚をどうやったら持てるかが問題だと思う」と言ったら、エイミーが「『人間以下』と扱われたとしても、いかにして共生できるかを考える、というのがアメリカのマイノリティいちばんradicalな運動なの」と言った。現実は厳しいね。。。でもこういったミュージアムがあるの、いいな。
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終わったあとに、参加者のLさんも一緒に、4人でごはんを食べに行くことになった。Lさんは谷崎潤一郎の研究もしていて、日本語も少しわかるそう。ミュージアムからすぐのところにあるハーヴェイ・ミルクの写真がたくさん飾ってある「Hervey's」というバー。念願のフィッシュ&チップスを食べた。Lさんも初対面の私たちにいろいろ自分のことを話してくれて、私も自分のこといろいろ話す。なんか差別の問題って、どこに行ってもある問題だし、そこを巡って感じる個人の不安や孤独も普遍的なものだな、と思う。エイミーは自転車で、私たちはバスで、それぞれ帰路。
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2011年 夏の旅(7)サンフランシスコ [仲良くごはん]

エイミーが日系の友人のMさんを紹介してくれて、直子さんと二人で彼女の車に乗せてもらって、パインメソジスト教会へ。そこで何か直子さんのおじいちゃんたちの手がかりがつかめないか、とのことで。Mさんのお母さんはMさんが幼い頃に長野からこちらへやって来られたため、日本語が母語であり、Japan Townの教会の関係者にも連絡を取り、そちらにも連れて行ってくださる。結局、手がかりはつかめなかった。けれど行く先々で親切に、親身に直子さんの話を聞いてくれる日系の人々たくさん。
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今日はJapan Townでお祭りをやっていた。日系人高齢者対象の福祉団体(?)が照り焼きハンバーガーの屋台を出していたので買い食い。おいしかった。
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フィッシャーマンズワーフに移動して、念願のクラムチャウダー。やっぱりサンフランシスコに来たらこれ食べなくちゃね。街をぷらぷら歩いていると、直子さんが好きなエビのフライを売っているお店が。すごい人だかり。お腹いっぱいだったけど、小さいサイズにしてもらって買う。揚げたてでおいしい。
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スーパーに寄って、そのあと、もう一度フェリービルディングに行く。お土産を調達するのだ。乗った路面電車がカラフルで楽しい。
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CAFE FANNYグラノーラをついに発見。これを探してたんだ〜。アイスクリームやヨーグルトにかけて食べるとほんとにおいしい。レジ横のフロランタンも気になり買ってしまった。

夜ごはんはまた家の近くの中華料理テイクアウトした。こうしてみると食べてばっかりの一日。。。
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CAFE FANNY(グラノーラ、空輸したらいくらくらいになるだろう…?)
*おいしいフロランタン Clarine’s Florentines

2011年 夏の旅(6)サンフランシスコ [仲良くごはん]

8/13(土)、待ってました〜!今日はファーマーズ・マーケットの日。
が、しかし、私たちはサンフランシスコの滞在時間を延ばそうか、という相談をしており、エイミーにも協力してもらい、朝からチケットの変更手続き電話と格闘していたのだ。
結局、マーケットには行けず。。。でも、エイミーは「ビルの中にもすごく美味しいものがたくさんあるから大丈夫、大丈夫」というので、ま、それもありかな、と執着しないでおく。

ところで、朝ごはんはエイミーがバナナブレッドとキッシュを焼いていてくれた!
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エイミー、車を借りてくれて、Trader Joe's というスーパーに連れていってくれる。「安くておいしいものたくさんあるから、お土産を買ったらいいよ」って。クッキーに、ナッツに、パスタに、パスタソースに、、、と色々おすすめを教えてくれる。どれもこれも欲しくなり、非常に悩む。買い過ぎたらトランク重量オーバーになってしまうし。でも、選ぶのは楽しいな〜。直子さんとときどき遭遇し、何にした??と情報交換。直子さんは家族のお土産に辛いソースを買い込んでいる・・・。エイミーが「トモエさん、こっちこっち」と試食コーナーに連れて行ってくれる。アスパラリゾット、超おいしい!横に珈琲まである。食後の珈琲だ。レジの近くで山積みビール発見。エイミーおすすめのAnchor Stream を購入。

そのあとペットショップに寄り、ニャンコの食事も買う。こちらはショップのニャンコ。
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車を友人宅に返したあと、いざ、Ferry Buildingへ!!
ここはカリフォルニア中のおいしいものが集まる場所。牛のように胃袋が4つくらい欲しい。
試食したオリーブオイルの香りが抜群。あとは、はちみつ屋さんでも試食させてもらい、好きなの見つけた!Wildflowerという花の蜜にする。エイミーの提案で、お惣菜やチーズやパンを買い込み、ワインバーで食べよう!ということに。ワインバー、持ち込み自由らしい。なんてすばらしいんでしょう!?
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いかにもおいしそうな匂い漂う惣菜屋を通りかかり、17時の閉店間際なことに気づいた私は慌てて、直感で選んで買う。ポテトや玉ねぎやにんじんを、オーブンでグリルしたやつ。ズッキーニがとても大きくカットされていておいしそうだったので、思わずおばちゃんに「ズッキーニ、プリーズ!」とお願いした。あと、ウィンナー。ふつうのとスパイシー。
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エイミーが引き連れてくれて、次々とお店に入っていく。全部試食できるのがまた楽しい。チーズ、3種類試食して3人で決めた。次はこれらに合うパン。BerkleyのAcme Bread!エイミー、バゲットを調達してくれた。お次は生ハム専門店。クレープみたいな格好になっている。このお店でレジの向こうにオリーブ発見!オリーブ大好きなので即決。
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ワインバーに向かうと、満席。横入りしてくる人もいる。相席を頼むと嫌がられ、少し傷つくが、めげずに席確保のため待つ。やっと席が空いた〜!お店の人に赤フルボディでこのおかずに合うやつ、と注文する。もちろんテイスティングさせてもらう。1つ目の種類は癖が強い感じがして、もう少し軽いのにしてみよっかと出してもらった2つ目。こちらを味見するとやっぱり1つ目の方がいいね〜!ということになり、そちらにした。もちろんボトルで。お惣菜ととても良く合い、エイミーも喜んでいる。何もかもおいしく、ワインは進む。チーズ好きの直子さん。チーズの切り方の一切れが大きく、「大きいよ、それー!」と突っ込む。野菜がとにかくおいしかった。じゃがいも、にんじん、セロリ、玉ねぎ。どれも素材の味が抜群。我ながらセレクトがばっちりであった。
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お互いの仕事。抱いている夢のこと。女であることの苦しさ。女であると同時に別の被差別マイノリティでもあることの苦しさ。わかってもらえなさ。時間も忘れて3人で語り合った。エイミー、私の思いを理解してくれて、癒されて、楽しくて、久々にぼろぼろ泣いてしまった。こんなふうに、すばらしい友とすばらしい夜を過ごすために生きているんだということを心底思った。本当に良い時間だった。
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デキャンタ追加したけど、あっという間に飲み干してしまった。ワイン足りないわ。
ビルディングから外に出ると、8時台だけど、日本の夕方5時くらいの明るさ。
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バスに乗ったらいつものごとく眠りこける。アメリカなのに!エイミーが「日本(に居る)みたいにしてましたね」と言って笑ってた。乗り換え地点がちょうどヘイトアシュベリーのど真ん中。ヒッピースタイルの洋服屋さんに入って物色。らくちんそうなのが多い。
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このあと、エイミーの同僚であるベンさんを訪ねに、月のきれいな夜道を3人で歩いてく。ここでもまたすばらしい出会いが待っていて・・・。にゃんこと戯れ、泡盛をいただいた。
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(続きはまた後日の報告にて。)

Ferry Building Marketplace

グルメなエイミーのおすすめスポット: Off the Grid SF

2011年 夏の旅(5)サンフランシスコ [仲良くごはん]

8/12(金)、今日はサンフランシスコからCaltrainという鉄道に乗って1時間のSan Joseという街にある日系人博物館へ思い切って行くことにした。そうと決めた私たちに、初日と2日目にお世話になったSさんが、80代の日系1世のボランティアガイドの方をご紹介くださった。Sさんがこちらでボランティアをされてきたからこそである。本当にありがたいこと!

朝、相変わらずドタバタだったが海の方へ散歩した。朝は曇っていて浜辺はグレー色。海までの通りにオーガニック系のスーパーや中華料理店を発見。こんな近くにお店あったんだったら、食材やビールはここで買えばよかったね〜、と後悔する。これから利用しよう。

海の近くからバスに乗った。直子さんとお互いの夢について話す。「やっぱりやりたいことはやらないといけないよね!やろうやろう!」と盛り上がるバスの中。

バスの乗り継ぎ地点で降りたら、タイミング良くCaltrainの駅までの直行乗り合いバスがやってきた!乗せてもらう。駅までの通りを眺めていると、若者のホームレスたち(スーパーのカートのようなのを押している)やシンナーを吸ってる人もいた。

駅で無事チケットをSan Jose行きの購入し、電車出発までまだ時間があるため、やっぱり食べ物を物色してしまう。サブウェイでスープを買おうとしたが、1つ目のスープの種類がよく聞き取れなくて「何のスープ?」と繰り返し聞いたら、「この子、チャイニーズだから相手したげて〜」と店員さんしびれをきらし、別のアジア系の女の子が出てきた。ジャパニーズなんですけど、、、と思いながらスープを見せてもらって、結局2つ目のチキンスープにした。さらに、隣のサンドイッチ屋でベーグルサンドとカフェラテをまた買ってしまった。朝ごはん、食べてきたのに!いずれも味はまあまあ。バークレーみたいにとびきりおいしい訳ではない。

電車に乗り込み、2階の2人掛け椅子に。向こうの席に同世代女子と小さなワンコがいる。直子さんと夢の話の続き。窓からの眺めも見ていて飽きない。途中海のような湖のようなところが見える。きれい。1時間とちょっとで、San Jose着。こんな電車。
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San Joseの博物館は、サンディエゴ在住の友人Kさんが教えてくれた。行き方も丁寧に教えてくださったため、安心。San Jose駅からトラムに乗り換え。今日からJazz Festival があるようだ。いいなぁ。街の雰囲気は小綺麗な感じ。ホームレスは見当たらない。

Japan Town駅で降りる。どっち方面かわからなかったので、直子さん、バス停に居たかわいい女の子に声をかけて聞いてみる。親切に教えてくれて、その方向に歩いていく。
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少し歩くと、無事にJapan Townに到着(タペストリーがかかっていた)。豆腐屋さんや韓国料理のお店のある通りを少し歩いて行ったけれど、博物館がどこにあるかわからなかったので、ビデオショップに入ってお兄ちゃんに聞いてみた。教えてくれて、無事到着。入館料を払い、サインをし、テリーさんを待つ。荷物とかを置かしてくださる。皆さん、親切!

テリーさんいらっしゃって、ご挨拶し、案内していただく。テリーさんは1939年、3歳のときに京都から大洋丸に乗ってアメリカにやってきたそうだ。
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写真やカバンや着物から海を渡ってきた人たちのアメリカでの暮らし、そこでどんなことを感じ、どんな辛いことや、どんな嬉しいことがあっただろう?と、時を越えて彼/彼女たちに近づいてみたい、と思いながら展示を見る。
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日系人の強制収容は1942年2月に始まる。展示を見ていると“evacuation”という言葉。この単語は「避難」という意味。何も知らされずに、「保護」「避難」という名目で行われた。持てるだけの荷物しか持ってはいけないと言われ、集められ、列車で運ばれていった人びと。どこに連れていかれるのかもわからず、厚着のコートを着ている人たち。不安そうな表情が見てとれる。ふと、今日本で起きている福島原発事故により避難させられた人びとの姿と重なる・・・。
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1つの収容所に1万人近い人たちが暮らす。周囲は有刺鉄線に囲まれ、バラックが整然と建ち並ぶ。多くが人が暮らすには適さない場所。緑もない、昼夜の気温の差が激しい砂漠のようなところ。
6人家族用の収容所の1室の展示もあった。祖末な、プライバシーもない部屋。どんな暮らしだったろうか、と思う。でも、写真の中の子どもたちは笑顔のかわいい、どこにでもいる子どもたち。
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展示室の真ん中に腰掛けて、テリーさんからいろいろ話しを聞かせてもらう。日系人として、排斥されながら、一方でアメリカ国家に忠誠をあらわすために米軍兵士となった若者もいた。第442連隊。ヨーロッパの激戦地に送られたという。

なんと言い表したらいいのかわからないが、こうやって生きてきた人たちの歴史をかいま見て、そして、実際にその歴史の中を生き抜いて来られた人たちに実際にお会いして思うことは、ただただこの歴史と人びとを素通りしないで済んでよかった、ということ。
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そんな思いでいっぱいになるが、お腹の方はすいてくる。
なんとテリーさんも昼食をご一緒してくださることに!直子さんの交渉、さすが!「何が食べたい?」と聞かれて、「(まだ食べていなかった)カリフォルニアロールが食べたいんです」と答えると、「じゃあスーパーで買ってきて事務所で食べたらいいね」と提案してくださった。スーパーまでの途中、かつて日系のお医者さんのお宅で今は保存されている建物を覗かせてもらった。中に入ると太鼓の音が。太鼓サークルの活動中のようだ。リーダーの若い女性にご挨拶できた。木陰には収容所の名前が彫られている石のベンチもあった。
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スーパーに入るとスイカと焼き芋が並んでた。
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事務所に戻ると、他にもボランティアガイドのおじいちゃん3人がいらっしゃった。二世の方かな。皆さん、70歳後半から80代前半のようである。ジーパンにTシャツの方、「家でサンドイッチを作って来たんだよ」と話しかけてこられた方、アロハシャツの方。総じて皆さん若々しい!カリフォルニアロールとうなぎ巻おいしい。一口で食べたらテリーさんに驚かれ、笑われた。たわいもない話をして皆で笑う。齢を重ねた人たちとのこういった時間がとても好きだ。今回の旅の目的を熱心に話す直子さんの話を、皆さんもまた熱心に聞いておられる。その様子を見て私もうれしい。
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そのあと、また展示をゆっくり見たり、資料室で写真集を見たり。折り紙教室が隣で行われていた。博物館がこうして地域の人たちが集う場になっているようだ。駅まではテリーさんが駅まで送ってくださることに!本当にありがたいったらありゃしない。記念撮影をし、名残惜しい気持ちいっぱいで車に乗り込む。日差しが強いが、沿道の木々の緑がキラキラしている。あっという間に駅に到着。テリーさん、ホームまで見送りに来てくださった。テリーさんたちが暮らす街、San Jose。ぜひ多くの日本の人たちに足を運んでほしい街。
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電車の中で購入した本をぱらぱらめくったが、即眠りこけ、起きたらサンフランシスコ到着目前だった。
今日は早めに家に帰ろう、とどこにも寄らずバスを乗り継ぎ帰る。晩ごはんは朝チェックした、中華料理にしよう、ということに。途中、スーパーに立ち寄り、ヨーグルトやバナナを買う。いくつかおやつと到底食べきれない量のピーナッツバターも買ってしまった。
中華料理店、夕ごはんどき、家族連れでにぎわっている。良い予感♪ 少し待ったけどすぐに中に入れた。私はスープ付きのお得なセットにし、直子さんは海鮮麺。いずれも美味しかった!ちんげん菜が特に!接客のおばちゃんは淡々としている。店を手伝っている男の子(11歳くらいかな)がかわいい。
大きなお皿を運んでいる。食べ残した分は持ち帰らせてもらう。
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満腹になり、帰る。ニャンコと目が合った。
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ビールとおつまみで、今日の一日の出会いに乾杯した。そしてまた高田渡を聴く。
今日の収穫物。好きなものばっかり。気になったけど、やっぱり戻したレモンケーキ(右下)を、直子さんが買っていた。二人で旅するのは楽しい。
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Japanese American Museum of San Jose
サンフランシスコ市内から、CaltrainでSan Jose Diridon駅まで行って、そこからVTA Light Railでミュージアム最寄り駅のJapantown/Ayer stationへ。降りたら、電車の進行方向にあるJackson St.を右に曲がり、4ブロック目の5th St.を右に曲がるとすぐ。

*Wikipediaに結構詳しく載っていました。勉強になります。→ 日系人の強制収容
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