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春の日。花も団子も。 [ある日の風景]

朝から花粉症がひどすぎる中(スギからヒノキへ移行。ヒノキは目のかゆみとくしゃみがすごい〜)薬を飲んで、御所を散歩しにいく。途中、同志社大学の門入ってすぐの白い木蓮が満開で、きれいだった。木の下にもぐると木蓮の香りのシャワーだった。御所ではしだれ桜も咲いていたけど、桃も満開だった。桃の花、良い!と思った。ぽんぽんと咲いて。子どもがかわいい。
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お昼前に帰ってきて、洗濯もしないといけないと思いつつ、原発のドキュメンタリーをYouTubeで観た。は〜、世界はどうなっていくんだろう〜、と暗い気分になる(ちなみにこちらのHPで知りました)。
洗濯を終えてから、商店街へ。にぎわっている中、買い出し。春らしいもの、ちょこちょこと。
帰ってきて、調達して来たおやつを食べる。よもぎ大福とよもぎ団子といちご。右上は、マイパートナーにもらった仙台土産「ずんだ豆ちゃん」(携帯ストラップ)。東北へずんだ餅を食べに行きたい。。。
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菜の花が大好きである。菜の花が出回る季節は限られているので、ここぞとばかりに食べる。この前はパスタを作ったので、今日は混ぜずし。これは、ビッグイシューでもレシピを紹介されている枝元なほみさんの野菜の本のレシピ。おいしくできた!
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ずっと作りたかったピクルスも漬けられたし、満足の一日となった。
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*枝元さん、「チームむかご」というのをやっておられることを知った。被災地へ手作りのおいしい食べ物を届ける活動もされている〜!

合掌 [ある日の風景]

先日、1歳年下の後輩が癌で亡くなった。27歳だった。
私は大学2年のとき、出会った後輩たちに「自分が部落出身であること」をどうしてもカミングアウトできなかったときがあった。大学の部落問題の授業を受講して、関心をもって担当の先生の研究室に集ってきてくれた後輩たち、にもかかわらず、である。
今から思えばアホらしいほどに、悩みまくっていたその年の夏に、思いきってその後輩たち数人と香川県の部落で合宿をした。先生がそういう機会をつくってくれた。
いろいろ感じることがあり、最後の宿泊の日に、ようやくカミングアウトし、自分の思いを伝えることができた。
亡くなった彼女は、その中にいたひとり。私の気持ちに寄り添って、話を聞いてくれていた。
後輩たちが一生懸命に聞いてくれたから、私はそれまで信じられなかったものを信じて、自分を閉じずに語る、ということがはじめてできたのだ。その経験があるから、今がある。
合宿から帰ってきて、彼女をはじめ、その後輩たちが一緒に「部落問題研究会」というサークルで活動してくれた。活動の中で、彼女も自分のこれまでのことをぽつぽつと語ってくれた。
彼女が末期の癌で余命宣告をされていたことは知っていたのに、またゆっくり話がしたいと思っていたのに、結局会いに行かずに、年末に会ったのが最後になってしまった。
1年前に会ったときも年末に会ったときも私は、気丈にふるまう彼女を前にして泣いてしまったので、また泣いてしまったら病気と闘っている彼女に失礼だと思った。それに「死んでしまう」ということを信じたくなくて、「また会えるよね」という気持ちがあった。
でもやっぱり、わんわん泣いてしまったとしても、時間をつくって会いに行けばよかった、と後悔している。

普段なかなか会えなくても、心と心はつながっている同志だった。もう会って話ができないと思うと、自分の中で彼女の占めていた部分が本当にぽっかりと穴が空いてしまって、さみしくてたまらない。(この世に残された者には、さみしさを紛らわしてくれる仕事とか日々の雑用とかなんだかんだあるからなんとか過ごしていけるのかなぁ、と思う。)

彼女が私を慕ってくれたことが私の誇りである。
いつまでもメソメソしていないで、天国にいる彼女に愛想を尽かされない生き方をしたい、とつくづく思う。

春めいてきた。 [ある日の風景]

1月も終わりの頃、「あ、今年まだぜんざい食べてない」と思ったら、無性に食べたくなった日。
自転車こいで、ぜんざいを食べに行こう!と決める。

その前に、御所を散歩したら、梅や桃や、名前がわかんないけど何かの木のつぼみがぷっくーと膨らんでいた。
先っぽにエネルギーが充満しているような、色の濃いつぼみをじーっと眺めていた。
もう今頃、咲き始めているだろうなぁ。次の散歩が楽しみである。
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丸太町通りの方の梅はもう咲いていました。
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甘味処みつばちへ。
白玉ぜんざいと、あんみつも有名なので、セットのにする。
甘さ控えめで豆の味がおいしいー!
読みたかった「あんこの本」という雑誌が置いてあり、熟読してしまった。
「ずんだ餅」は「づんだ餅」なんだそうです。
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そのあと、商店街で、ダシを買う。
にぼし、かつおぶし、昆布。
これでおいしい味噌汁を存分に作れます!

銭湯通い [ある日の風景]

だいぶ寒さがましになってきたけれど、寒すぎる日は銭湯にゆく。
自転車で30秒くらいのところに、ちんまりとした湯船3つが並ぶ気持ちの良い銭湯があって、築30年の家風呂のはじめの寒さに耐えられそうにない夜に出かけてゆく。
風呂上がり、脱衣所で一緒になるおばさんやおばあさんたちと、番台のおばちゃんの会話を聴くのが楽しい。
番台のおばちゃん(60代くらい?)がごく自然に、80代くらいのお客のおばあちゃんのからだをふいてあげたり、服を着るのを手伝ってあげている。その光景に心がほわ〜んとなる。将来、風呂屋のおばちゃんになりたい、と思ったりする。たいしたことのない、ようなおしゃべりの中に、夫に遠慮しながらの毎日やお金のこと、老いた女性の、女性であること、をかいまみて、さて、私はどう老いてゆこうか、と考えさせられるマミーで一服の時間。410円+100円の贅沢。
残業続きで非人間的なカラカラの一日の中で、人間的な時間。

番台のおばちゃんは、夜中12時に閉めたら、3時まで掃除、4時に就寝、10時に起床、の生活だそうです。奥の方に寝床があるから、外のざわめきも気にならないそう。

「おばちゃんは、ここに来てから45年。何も欲しくないけど若さがほしい」と言ってはりました。

年末年始のスイーツ [ある日の風景]

クリスマスには間に合わなかったけれど、年末のある日、クリスマスプレゼントがやってきました。
・・・シュトーレン!!! しかも2種類。ひまわり(の種の)パン付き。
大好きなんです、シュトーレン。(覚えておいてください!)
毎年12月には、これぞ!という味と出会うべく、シュトーレンを買い求めているのです。
おすすめのお店あれば、ぜひ情報ください。
シュトーレンって何が賢いかというと、保存食なので、1ヶ月くらい日持ちすること。
なので今も大切に一切れ一切れ食べています。うふふ〜。
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*シュトーレンはこちらの→ ラパンノワール くろうさぎ

実家から帰るときに、お菓子とか果物とかいっぱい土産を持たせてもらったので、今は家におやつ充実でうれしいです。
子どもの頃から変わらない味って落ち着きますね。
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今はシナモンミルクティーを飲んでいます。しあわせ〜。

どんな1年になるかしら♪ [ある日の風景]

元旦の夜に、韓国人の友だちに会いにいった。
韓国は旧暦のお正月にお祝いをするので、年末年始は日常。
彼女と二人で将来のこと、たくさんしゃべった。
大いに刺激を受けた。

<2011年やること>
・3月までは「劇団態変の韓国公演を共に実現する会」の活動。
・当たり前だけど、仕事。もっと集中して、もっと勉強しないといけない。
・自分の体をいたわること。料理、銭湯、睡眠。
・英語。夏にNさんとサンフランシスコを旅できるように。
・韓国語。韓国の田舎に行って、そこに暮らす人たちとしゃべられるように。

*朝ごはんが大事なんですって!
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人間と人間で出会いたい [ある日の風景]

お正月ってほんと、だらだらして過ぎていく~。
去年は旅の番組見てたけど、今年はあんまりやっていない。
BSでやっていた、100年前のアメリカを記録したフィルムを紙に焼き付けたペーパープリントのドキュメンタリーを見る。米西戦争のとき、人々が当時エジソンによって発明された映像技術により戦争についての情報を得ていたこと、しかも娯楽的に見聞きしていたのだということを知った。
夜には、森達也さんがNYを訪ねる番組がやっていた。
「歴史学者 J・ダワーが語る“アメリカ テロとの戦い”」

同じ人間であることを理解すること。
そんな、当たり前にできそうなことができない世界を生きている。
善と悪、敵と味方。
その関係の中にはまってしまったら、「人間であること」の想像力が欠如してしまう。
戦争は、相手を偏見でもって悪・敵とみなし、人間として見ないからこそ、成立する。
そんなことをいろんな立場の人たちへの取材を通じて語られる言葉で、番組は伝えていた。

人前で自分を語ることがおっくうになっている自分がいる。
それは何故か、なんとなくわかった気がする。
1人の講師 対 大勢の聴く人 の間には、お互いが人間であることが、どうしても抜け落ちてしまうのだ。
自分が、「部落出身者」や「講師」というシールをぺたっと貼られる感覚。
それは、一人の人間として見られるということとはちょっと違っていて、その違和感は、私の中で沈殿していく。
私も聞いている人の一人ひとりの人間性を感じたいと思っても、実際は、大勢の人を前にして、短い時間の中でできていない。

私は、人間と人間で向き合い、言葉を交わせるところにいたい。
出会うこと・語ることが嫌なのではないだろう、きっと。
出会い方・語り方の質を変えないと、しんどくなってしまう、ということだ。
だいたい、出会い語り合うことをやめてしまったら最後、偏見・差別の落とし穴にはまって、抜け出せなくなってしまう。

人間対人間で出会い、言葉を交わしたいと思って、実際にそのように行動することは、私が個人的に日常的にできる、戦争しない世界をつくるための一歩なのだ、とわかった。
そのことに自信を持って、やめずにやっていこう、と思えた。

だらだらと過ぎていく1日に自己嫌悪していたけれど、良い番組を見ることができてよかったなー。

大晦日の買い出し [ある日の風景]

はや2010年最後の日です。29日の夜に実家に戻ってきました。
今日は大阪もめっちゃ寒いです!京都は雪がつもっているそうな…。
大晦日は毎年恒例、父か母とおせちの買い出しに行きます。
父はもう、ずぅ〜っと酔っぱらっていて「このおっさん!ええかげんにせい!」とキレまくっている私です。酒に呑まれるな!っちゅうに。まったく。。。
そんな中、酔っぱらい度の低い午前中に、父と近所のおそうざい屋さんにおせちの買い出しに行ってきました。
栗きんとんの「きんとん」は好きですが、「栗」は単価が高いし、少なめでいいのに、パックに大量に栗を入れている…。高い…。
続いて、母とお供え物のお菓子やフルーツ、足りない食材とかを買いに行きました。
帰ってきてやっとこさ年賀便りを完成させましたー!
ブログご覧になってくださっているお友達の皆さんには来週くらいに届きます。
暇つぶしに読んでくださいね。
さあ〜、ブログも更新しますよー!

実家の冬のメニュー:大根炊き with 油かす
やっぱり、おいしいなぁ。
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